回廊を行く
「ふむ、これが」
 青年は靴を脱ぎ、小さなお堂のぐるりを取り巻く濡れ縁に上がった。ぎしり、と稀に音を残し板張りの通路を進む。右回り。4回角を曲がって、すぐに元の位置に戻った。
「どうでしたか、社長」
 元の場所で待っていた若い女性が聞いた。あまり笑うことのない、彼の秘書である。
「もう一度、行ってくる」
 それだけ言い残して青年、いや、社長はまた出発した。戻る。するとまた、「もう一度」と歩いていった。これを何度もくり返す。
「たしかに、人の未来というか、可能性は無限なのだなぁ」
 何回目か回った後、社長は涙を流していた。
「そうですか」
 秘書は目を丸くした。普段、涙を見せることのないような社長だ。この回廊にまつわるうわさが本当であったことを知る。
 このお堂。実は、天寿を全うすることなく亡くなった若者を悼みながら回ると、その若者が亡くならずに長く生きていた場合の未来の姿が幻想として見えるといわれている。
「アイツの未来、可能性がお堂を回る度に見えたよ。アイツが社長になってたり、別会社を立ち上げていたり、ラーメン店の主人になっていたり、仕事は何をしているのか趣味の釣りばかりをしていたり、議員に立候補して選挙戦で街頭演説してたり……」
 アイツとは、社長とともに今の会社を創業した男である。その男と社長、そして秘書をしている彼女が苦労して立ち上げた。今は立派な大企業となっている。男は、会社が大きく成長する直前に不慮の事故で亡くなっていた。
「……彼は何をやらせても光りましたから」
「そうだな」
 見えたのは明るい未来ばかりだったようで、社長は秘書の言葉に頷いた。心が晴れやかになったのだろう、その様子を見て秘書が珍しく笑みをたたえていた。
「人には無限の未来がある、というのを思い知ったよ。もっとも、無限でもアイツの場合は明るい未来ばかりで暗い未来なんかないみたいだけどね」
 ある意味、暗い未来が現実となったとも言えるのかもしれない。
「ところで、社長の未来はどうでしたか?」
「おい、俺はまだ死んでないぞ。……でもまあ、いつも死にものぐるいで働いてここまで大きくなったんだ。いつものように死んだつもりで、回ってみるか」
 はははっ、と笑って青年社長はまた回り出した。
 そして何回かくるくると回る。社長の頭に白髪が多くなった。
 いや、それだけではない。
 顔にはしわが増え背は曲がり、生気のあった瞳はまどろむように濁っていくではないか。
「む、これはいかん」
 事態を把握した青年。
 慌てて逆回りを始める。
 だが、時は戻らない。
 がく然とする青年、いや、老年社長の様子を見て、秘書の若い女性は珍しく笑みを浮かべるのだった。……冷たく。

 ところで。
 このお堂の近くには、世界の平和や発展、幸せを我が事として心の底から望む人がたくさん住んでいるらしい。
 たまに、世界の幸せな未来を願いながら回るのだという。
 世界の発展は、目覚ましい。


   おしまい



えっとね〜
# by marie_a | 2009-11-02 09:46 | 超短編小説会 | Trackback | Comments(4)
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