「ねえ、ミナコ。知ってる?」
日曜日の夕方、百貨店の特設会場でバレンタインのチョコを選んでいたら親友のマキが耳元で呟いてきた。 「何が?」 私は驚きもせずに冷たくこたえた。マキは意にも介さずに学校制服のリボンを揺らして続けた。 「全国の自殺者の統計を取ったら、2月に最も人数が減るの。そして3月に急増するんだって」 「ふうん」 変わらず冷たくこたえておく。 「どうしてか、分かる?」 「どうして今聞くの?」 やぶにらみして逆に聞いてやった。バレンタインに意中の男子に本命チョコをあげたのに、ホワイトデーにお返しをもらえないからとでも言わせたいつもりか。 「そんなの、ミナコなら分かるはずよ」 にま、と軽くリップを塗った唇を緩めるマキ。 「ほら」 続けて売り場を指差す。 広い特設会場には客がごった返していた。私たちみたいに女子学生同士がきゃいきゃいやってたり、仕事の出来そうなスーツ姿の女性が一人で品定めしていたり。なぜか男性も混じっているが、これは少数派。 「そうじゃないでしょ? もっと見てよ」 私の頬に冷たい頬を寄せてマキは妖しく言う。 言われなくても分かる。 じっくり見ていれば、ぽんやりおぼろに白い人影が浮かんでくる。 ほら。 さっきのきゃいきゃいしている女子学生同士のまわりに、青白い顔をした男性たちが見えてきた。相当な数を連れている。 こっちのスーツ姿の女性にも。物欲しそうな男性たちがぼんやりと浮かんでレジに行こうとするのに付き従っている。 それだけじゃない。 広い売り場は、大勢の女性客と、さらにそれを上回る男性の薄ぼやけた姿でみっちり埋まっているのだ。 「普段はこんなところに来ない霊も生前の未練に突き動かされて集まっちゃうようね」 「で? 自殺者が3月に急増する話じゃなかったの?」 「それ」 話を戻すと、得たりとにたり。 「ほら。チョコのお買い上げと同時にお持ち帰り……って、ついてこられちゃうんだからちょっと違うか。とにかく、あの幽霊たちはあのチョコがもらいたくてどこまでも追っていくわ」 「それだとチョコを買った女の子たちが危ないんじゃないの?」 「まさか。数日後には渡しちゃうじゃない。……そして彼らは本気を出すの。チョコをもらった男に嫉妬して」 「それで、女の子から愛を込めて贈られたチョコを食べた男が霊障にさらされて……」 「そうそう。3月頃ね、ちょうど。精神的に追い詰められちゃうのは。……ここにあるのはみんな、『首吊りチョコ』よ」 くくく、と含み笑いをするマキ。 「それで? マキはどうしてここにいるの?」 私は仕方なく聞いてやった。 「意地悪」 「私が本命チョコを贈る先輩を殺したいの? それとも私からチョコをもらいたいの?」 「意地悪、意地悪。私がせっかくミナコに他の霊がつかないように追い払ってるのに……」 「私、これにするわ」 一転、泣きそうな声でイヤイヤするマキに容赦なく今手にしたチョコを差し出す。 「マキにあげてもいいわよ?」 「意地悪!」 すい、とチョコの包みを出すとマキは泣き顔のまま叫んで、消えた。 「塩チョコが流行るわけね」 まあ、霊の清めために塩を混ぜて作ったわけじゃないだろうけどとか思いつつも、念のためにこれに決めた。 マキは数年前、自殺している。 おしまい えっとね〜 #
by marie_a
| 2015-02-09 11:23
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